杖衝坂 【つえつきざか】

三重県名の由来になったヤマトタケル縁の急な坂道。
東海道五十三次の四日市宿と石薬師宿のちょうど中間に位置しています。


ヤマトタケルが東征から大和への帰途、戦と病で弱った体で、剣を杖代わりにこの急坂を登り、
『吾足如三重勾而甚疲』 (わがあしは みえのまがりのごとくして はなはだつかれたり)
〈私の足は、三重に折れ曲がってしまったように、ひどく疲れてしまった〉『古事記』
と言ったとされ、それが県名になったといわれています。
また、貞享4年(1687年)江戸から伊賀への帰る松尾芭蕉が
この急坂で落馬した際に詠んだとされる歌碑があります。
「歩行(かち)ならば杖衝坂を落馬かな」





血塚社 【ちづかしゃ】

杖衝坂を登りきったところにある社。
鳥居の奥にある血塚の祠は、
日本武尊の血で染まった石を集めて葬った
と伝えられています。


ヤマトタケルが、杖衝坂を登る際に足から流れ出た血を洗ったといわれるこの社ですが、この向かい側に江戸時代まで名物の饅頭屋があったそうです。東海道を行き来する多くの旅人たちが、ヤマトタケルに思いをはせながら、きつい坂を登り切り、ホッと一息ついた場所でもあります。